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カテゴリ:コラム( 2 )

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 9月21日、名古屋市中区の「名古屋高年大学鯱城学園」にて「屋根神さま」をテーマに講演会を行いました。詳細はメールマガジン「屋根神さまのある風景@nagoya」第十五号に掲載しております。
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by yanegami | 2004-09-22 17:06 | コラム

屋根神さまのある風景

こんにちは。
 2000年の4月に初めて屋根神さまの存在を知り、以来週末など休みのたびに自転車や歩きで名古屋市内に残る屋根神さまの写真を撮っています。そして写真撮影だけに飽き足らず、最近では早起きして月次祭(つきなみさい:毎月1日、15日に行われる屋根神さまのお祭り)の準備風景の撮影や町内の方から屋根神さまに関する話をうかがったりと、「取材範囲」を広げています。

 ところで2000年11月、名古屋市教育委員会が主催するセミナーに参加した時のこと。屋根神さまとは直接的な関係はなかったのですが、偶然、市の文化財を保護する部署の方と少し話す機会があり、その時に「屋根神さまは遅かれ早かれなくなる」という言葉を耳にしました。

 屋根神さまとは、屋根の上や軒下に設置してある祠(ほこら)のことです。市の方は「祠には建築学的な意味がない」といわれ、「祠だけでなく、それをまつる町内の人々信仰があってはじめて屋根神さまとしての意味を持つもの」とのことでした。

 果たして屋根神さまは早晩消滅してしまう運命にあるのでしょうか? いや運命に任せて消滅させてしまって良いのでしょうか?

 私が屋根神さまを撮影するにあたり参考にした本の1冊に芥子川律治氏の「屋根神さま」(名古屋文化叢書、1976年)があります。その本の結びで芥子川氏はこう述べています。
「わたしは屋根神が名古屋の庶民が生みだした独特の文化であることに思い至る。1つの町内に3つも4つもの信仰集団を作ったということ、さらには屋根の上、あるいは廂(ひさし)の下に掲げ祭るという神社形式を生み出したということ、それらはいずれも庶民の知恵の所産であって、他の都市に見られないものである」

 私が屋根神さまに関心を持ったのはほんの偶然でした。図書館で手にした「なごやの屋根神さま」(山地英樹、1992年)という写真集を開くまでは、名古屋生まれ名古屋育ちの私ですが、その存在すら知りませんでした。

 その後、写真集に掲載されている分布図をもとに市内を探し回りました。しかし、9年前には信仰されていた屋根神さまも既に形骸になっていたりあと形がなくなっていたり、祠だけでなく祠のあった家自体がなくなっていたり、駐車場になっていたりと、開発の風が強く吹いていることを改めて感じました。と同時に、このままでは本当になくなってしまうのではないかという危機感を抱くようになりました。そこへ市の方の言葉がさらに危機感を焦燥感にしたといっても過言ではありませんでした。

 そこで屋根神さまを自分なりの方法で記録し、残していくことはできないものだろうかと考えました。この「屋根神さまのある風景」は現段階での私が屋根神さまを記録するための「手段」です。私は興味こそあれ、民俗学者でもなく郷土史家でもない一介の名古屋人です。知識はありませんが、名古屋を愛する心は人一倍強いと思います。その心意気で「名古屋の文化」である屋根神さまとその置かれている状況を多くの方々に知ってもらいたいと思い、立ち上げにふみきりました。
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by yanegami | 2004-08-19 09:45 | コラム